17分で動く──延岡市Wi-Fi HaLow実証からの教訓
October 2025
宮崎県延岡市は、津波到達までの時間が短い前提と、高齢化が進んだ人口構成を背景に防災計画を運用している。本報告では、防災行政無線の屋内での聞こえにくさ、避難行動要支援者における個別避難計画の低い策定率、現場状況を離れた場所から把握する手段の不足が整理されている。
こうした条件のもと、Wi-Fi HaLow(IEEE 802.11ahを用いた地区規模の実証により、地区内の音声放送、定期撮影カメラ、受動的に位置情報を送るGPSタグ、経路シミュレーションと「マイ・タイムライン」づくりを組み合わせることで、「限られた避難時間内に地域で避難を組み立てて完了できるか」が検証された。
導入概要
北緑ヶ丘地区の訓練エリアを、2台の11ahアクセスポイントでカバーした。このリンク上に、集会所等の拠点に設置したIP音声告知端末、1分ごとに画像を送るカメラ2台、避難行動要支援者が携行する小型GPSタグを載せた。訓練前には、避難経路シミュレーションとマイ・タイムライン作成のワークショップを実施し、抜き打ちの誘導訓練では地区内音声経路を用いて案内を行った。
設計目標は、聞き取りやすい地区内音声、1分周期のカメラ画像送信、タグの1km級受信範囲、17分間通しでの安定運用である。同時運用の想定は カメラ2台+音声端末1台+GPSタグ40個 とされた。
評価の枠組み
評価は二段階で行われている。
実証レベル
- 17分以内の避難完了の確認
- マイ・タイムラインの理解度と作成率の向上
- シミュレーションにより、より安全な避難経路を住民自身が設定できるかの確認
これらはアプリの位置情報ログ、カメラ・音声のテレメトリ、住民アンケートを組み合わせて検証された。
市全体レベルのモデル化
- 3地区に候補となる11ahアクセスポイント配置を想定し、浸水想定区域内でどの程度の人口をカバーできるかを推計。
現場で得られた結果
避難行動の結果
2回の訓練が行われた。1回目の訓練では、34人中33人(97%) が時間内に避難完了と報告し、1人の遅れは、自宅が離れていたことと避難先が異なっていたことに起因していた。2回目の訓練では、6グループ全て(100%) が時間内の避難完了となった。「17分以内に避難を完了できること」という要件は達成と評価されている。
Wi-Fi HaLow(802.11ah)による通信
音声
17分の運用時間内で音声の途切れは見られず、放送内容は明瞭に聞き取れた。有効な約10%のデューティ比を守るため、1回あたり10秒以内、送信間隔60秒以上、低ビットレートコーデックという条件で運用している。
カメラ
2台のカメラが1分ごとに静止画を送信し、津波の遡上状況や避難流の把握に活用された。より高画質化やカメラ台数の増加には、利用時間(エアタイム)およびアクセスポイント側の割り当て見直しが必要となる。
位置タグ
北緑ヶ丘周辺の市街地では、タグからの送信は約490mまで受信され、アクセスポイントからのビーコンは約600mまで到達した。タグ受信の約1kmという目標値は、本実証で用いたアンテナ・設置条件では未達となっている。
同時負荷
1 MHz(位置情報)と2 MHz(カメラ+音声)の2つのWi-Fi HaLowネットワークに分けた構成では、目標とした カメラ2台+音声1台+タグ40個 の同時運用が実現した。一方、1 MHzの単一ネットワークに全ての通信を載せた構成では、この同時運用条件を満たせなかった。
計画づくりと備えの変化
訓練に紐づけて実施したワークショップにより、「やるべきこと」が実際の行動に結び付いた。地区全体の避難行動要支援者30人のうち、12人(40%) が個別避難計画を作成し、14.3%という従来のベンチマークを上回った。訓練対象となった南側サブエリアでは、10人中6人 が実証期間中に計画を作成している。訓練参加者のうち、62.5% がマイ・タイムラインをよく理解できたと回答し、60% が実際に個人の計画を作成した。
カバレッジの推計
3地区にアクセスポイントを配置したシナリオで、浸水想定区域内人口の**平均95.96%**をカバーできると推計されている。地区別には、北緑ヶ丘 100%、伊形 96.6%、北浦 91.3% という結果だった。
ノード設計者への示唆
本実証は、平常時にも使い道があり、災害時の条件下でも機能する地区レベルの通信レイヤを裏付ける内容になっている。
音声告知
短く間隔を空けた放送であれば、11ahのデューティ制限内で問題なく運用できる。音声は、屋内での聞こえ方を踏まえ、避難時間の長さに合わせて1分間隔程度で繰り返す「低頻度の一斉放送」として設計すると扱いやすい。
画像取得
小型カメラからの1分ごとの静止画送信で、状況把握に十分な情報が得られた。画像サイズやカメラ台数は、アクセスポイント数と利用時間の予算に合わせて決めるべきであり、その逆ではない。
タグとアクセスポイントの差
内蔵アンテナのタグは、市街地ではアクセスポイントのビーコンより約100m短い到達距離となった。1kmの受信範囲が必須条件なら、設置場所やアンテナ構成をあらかじめ検討し、建物陰となるエリアをどう補うかを設計段階で決める必要がある。
同時接続の設計
位置情報用の狭帯域チャネルと、画像・音声用の広いチャネルに分ける構成は、今回の目標負荷に適合した。一方、全トラフィックを狭帯域チャネルに載せた構成は要件を満たさなかった。実際の訓練で観測された負荷プロファイルに合わせてネットワークを分割・設計することが重要になる。
行動変容の効果
通信インフラそのものに加え、計画作成や経路確認の機会が増えたことで、訓練時の「直前調整」にかかる負担が下がったとみられる。通信レイヤは、行動変容の場づくりと組み合わせて設計する価値がある。
制約と今後の検討課題
デューティ比の制約により、音声を長時間連続で流すことは難しい。今回検証された、10秒以内の音声クリップを1分間隔で送るパターンは安定していた。カメラのスループットは、低解像度モードではニーズを満たしたが、より高解像度や広い範囲を求める場合は、アクセスポイント密度とのトレードオフが生じる。タグの受信距離は市街地では1kmに届かず、建物陰による空白も確認されたため、アンテナと設置方法が今後の実装で優先的に検討すべき項目となる。
実務者にとっての意味
前提条件として、屋内で防災行政無線が聞こえにくいこと、約4,000人の避難行動要支援者のうち個別計画の策定率が**約1%**にとどまっていたこと、職員側にリアルタイムな遠隔モニタリング手段がなかったことが挙げられている。その状況から、今回の実証では、訓練におけるほぼ全員の時間内避難、地区レベルノードの現実的な同時運用条件、計画作成と経路理解の向上が確認された。地域の警報・センシング・避難誘導ノードを設計する立場にとって、本報告は、エアタイム配分、アンテナ選定、ネットワーク分割の基準を検討するうえでの実測値と設計パラメータを提供している。